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第1章 ~番外編~

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【番外編】その1 -出発編-
夫でもあり株式会社OKU代表のMasaです。番外編として僕からみたニュージーランドに少々お付き合いください。皆さんにとって外国ってどんなイメージですか?僕は人一倍外国に興味がありました。その興味が好奇心に変わり行動をとったのです。それだけでいえば、きっと英語が堪能といったイメージがあると思うのですが、実は僕は全然英語がしゃべれないんです。理由は簡単、小学校6年生のときに3ヶ月ほど英会話スクールに通いました。たったの3ヶ月でしたけど中学に入って最初は当然他の生徒よりもできました。もちろん僕も人間なので、できる教科は手を抜いております。そうすると、なんと中学一年の一学期の期末テストで一人クラスの平均点を下げているではありませんか!(早)そこからです、僕の英語コンプレックスが始まったのは。もちろん、当時から嫌いな教科からは全力で逃げてきた僕なので、大人になっても喋ることはおろか、アルファベットも怪しい感じ。そんな僕ですが、調子に乗る性格が背中を押し、夫婦でニュージーランドへ。心の中では、奥さんに頼ればいいなと甘い考えで・・・さてさて、ニュージーランドでの最初の思い出と言えば、一人でノコノコ食事に行ったときのこと、お腹がすいたのでとりあえずマックに入った。奥さんから教えてもらった英語を武器に。とりあえず、バリューセットの一番高いのを頼むのが日本人としての流儀。注文も終わり待っていたら、店員さんが何か言っているではありませんか。当然カタカナ以外の英語が解るわけがなく10分後うしろを振り返ると長蛇の列。スマイルを売りにするマックの店員ですら怨念の相が結局のところ、ナゲットのソースを聞いてきたらしのですが・・・奥さんから教えてもらった英語の武器もあまり役に立ちませんでした。ちなみに、武器というのは語尾に“プリーズ”と言えばいいとのことです。ソースの種類には役に立たなかったというわけです。

【番外編】その2 -学校編-
私たち夫婦は一ヶ月という短い期間ですが、語学学校に通いました。そこで待っていたのはクラス分けです。皆さんご存知ですか?学校というところは紙切れというテストの元に人の能力を判断しようとするのです。英語はおろか勉強全般が苦手だった僕は、アンチテスト派!しかしながら、このテストによって馬鹿がばれるのはもっと嫌。(わたくし、こう見えても背伸びするタイプなんで)そんな僕の奥の手は・・・そう、世界共通のカンニング。もちろん、英語が優秀な奥さんのテストを参考にして。しかし困ったことに奥さんは曲がったことが大嫌い!僕も合わせて曲がったことが嫌いということになっている。ここは単独行動あるのみ。視力だけには自身がある。ただでさえ細い目を更に細くして集中する。僕の全ての力を使ってカンニング。結果は・・・
奥さんSクラス。(妥当なところだ)そして、僕はEクラス。(ベンツで言えば、まあまあのクラス)だがその実態は?案内された教室には、たったの一人の大阪出身の女性徒。彼女の英語を聞けば、そのクラスのレベルが解る。僕は彼女と先生の会話をじっと聞いていた。
先生:「when do you study at home? 」
生徒:「I study 夕方やんか。」
僕:「・・・(汗)。 姐さん、その言葉通じないと思います。」
そう、言うまでもなく僕は最低のクラスでした。そして、この先嫁が英語を喋れるということで、なぜか僕まで英語がペラペラというオプションがついてくるのだ。とりあえず、いつも否定することに努めていますが。

【番外編】その3 –仕事編-
学校も無事卒業して、相変わらず人間的にも語学的にもなんの進歩のない僕。よく言えばマイペース、悪くは言えば・・・(自分の事は悪く言いたくない)。さて、奥さんはというと学校のお墨付きでバイト先を紹介してもらっている。僕はというと、奥さんに僕の分まで惜しみなく働いてもらおうと思っていた矢先の事、ある朝彼女から思いがけない言葉が・・・
奥さん:「仕事見つかるまで帰ってくるな」(笑顔)
僕:「・・・」(泣顔)
参ったもんです、普通なら断固拒否をするところなのですが、僕は超ドMで有名。ついつい、「何だよ(怒)」と言いながら笑顔で職探しというドMの旅に出たのです。
しかし、仕事と言っても英語が喋れないんじゃ見つからないよなと思っていたら、中華料理店の前に求人募集の貼紙。「Staff wanted.」たぶん、こんな感じ。
早速お店に入って、奥さんから教えてもらった英語で「アイム ルッキング フォア ジョブ!」
店主の中国人は面接をしてくれるらしい。さすが奥さん、魔法の言葉を知っている。しかし、参った事にこれ以外の英語が解らない。会話のキャッチボールが成立しない、それもそのはず。
この店主のすべての質問に「アイム ルッキング フォア ジョブ!」と答えたんだから。
関西人なら、間違いなくツッコムところだ!
僕はもう一つの武器である語尾にプリーズを付ける技で
「ペン アンド ペーパー プリーズ」と言った。店主は何かを期待して僕に紙とペンを渡す。相手は中国人。英語が解らなくても漢字なら!そう思い僕は
「I have」と口頭で言った後に、「元気、根性、笑顔」と紙に書いた。店主は心が少し分かち合えた感じで、「OK」と言いながら誰かを呼んでいる。やった、英語が解らなくても何とかなるぞ!僕は喜びを「サンキュー」の言葉で必死に表現した。
そして、奥から現れたのは日本人スタッフ!彼は一言「いつから来れる?」
もちろん日本語である。
(早く彼をださんかい!)
僕が心の中でこうつっこんだのは、言うまでもない。
こうやって、僕はニュージーランドで始めての仕事を手に入れる事ができた。


【番外編】その4 –帰国編-
色々あった一年、いろんな人と出会った。思い起こせばニュージーランドでスノーボードを覚えた。調子に乗った、吹っ飛んだ、尾てい骨を骨折した、完治してないのに調子に乗ってパーティーに参加し、屋外の階段で足を滑らし再骨折。楽しかったな。奥さんにはワークビザ(就労ビザ)の話もあったが、僕の意思により帰国は決まっていた。奥さんとしては、もう少し語学の勉強をしたいと言っていたが、僕としては言葉の通じないニュージーランドでは自分の本当にしたい仕事はできないと言う、もっともらしい熱意で納得してもらった。しかし本音は、地元のお好み焼きが凄く食べたかったのだ!僕は人間の弱いところを熟知している。そんな自然なことに逆らう気は毛頭ない。奥さんはこれを読んで今頃激怒しているだろうが・・・時効ということで。
さて、帰国にあたってやる事がいっぱいある。まずは、賃貸の解約だ。僕も1年間も海外にいたんだと言う自信で、一人で不動産屋へ解約に行った。敷金やら何やらで小難しい事がいっぱいある。あれこれ、不動産屋と話していると何かおかしい。まさか、ツウジテイナイ・・・。僕には不動産屋の言っている事を理解しているのに、一向に僕の言っている事が通じていない。発音か?発音が悪いのか!それとも、文化の違いか?まさにパニックだ。
ただ、彼女の言った一言がびっくりするくらいスムーズに耳に入ってくる。
「Bring an English speaker (翻)英語のできる人を連れてきて。」僕は、ただ首を縦に振る事しかできなかった。
こうして僕のニュージーランド生活は終わった・・・。

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某中華料理屋前にて
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